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AEC – リファレンス詳細ガイド

アコースティックエコーキャンセレーション(AEC)を適切にルーティングおよびプロセッシングすることにより、会議室でのエコーを防ぐことができます。ルーティングおよびプロセッシングは、会議室のデザインにおいて最も難易度の高い要素の1つです。

コンファレンスルームルーター(CRR)を使用することで、AECリファレンスを正しく実行できます。しかし、CRRを使用しないプロセッシングがAECリファレンスにどのように影響するのかについての疑問は少なくなく、CRRを使用せずにAECを使用する設計はあり得ます。

良質な会議室設計におけるAECリファレンスの使用に関する一部の指針と一般的な用途に関するいくつかのアドバイスを以下に挙げます。

リファレンスには正しい信号が含まれていなければならない
一般的に、AECリファレンスでは、スピーカーを通して再生されるすべての聞き手側およびプログラムの音声のミックスを受信する必要があります。さらに、部屋のすべてのスピーカーから、その同じミックスが再生される必要があります。

信号がリファレンスに含まれていない
信号がAECリファレンスに含まれていない場合は、AECでキャンセルすることができません。聞き手側入力とAECリファレンスの間のマトリクスクロスポイントが誤ってミュートされている場合、その聞き手側からエコーが聞こえるようになりますが、その室内で容易にその問題に気付くことはできません。これはよくある落とし穴ですが、CRRを使用することで防ぐことができます。

プログラムの音声がリファレンスに含まれない場合、聞き手側では不明瞭なプログラムの音声またはその残響が聞こえます(聞き手側に送信されたプログラムの音声のダイレクトミックスと、その部屋でマイクが拾った音声も含まれます)。これは聞き手側ではエコーほど著しいものではありませんが、理想的なものではありません。多くの場合、AECリファレンスにはプログラムの音声が含まれていることが望ましいです。ただし、以下で説明しているポジショナルオーディオの場合は例外です。

リファレンスに余分な信号が含まれている
信号がAECリファレンスに送信されているが、スピーカーから再生されない場合、AECでアクティブな信号が逸脱している可能性があります。信号がアクティブの場合、マイクによって検出される対応する音声はありません。AECは、エコーなしで1つの信号経路に収束し、聞き手側の(AECリファレンスに属する)信号がアクティブになった後に再度収束する必要があります。

ボイスリフト
設計者によっては、ボイスリフトシステムにおけるフィードバック前のゲインを高めることを目的として、マイク信号を自分のAECリファレンスに配置する場合があります。こうすることのメリットには疑問がありますが、部屋によってはうまく作用する可能性があります。その他の場合では、AECフィードバックリダクションの動作が不安定になったり、ダブルトークの際に聞き手側で残留エコーが聞こえるようになる可能性があります。

多くの場合、ボイスリフトのためAECの前にマイク信号を使用し、マイクをAECリファレンスから除外することが望ましいです。これにより、部屋でのレイテンシーを可能な限り低くできるとともに、AECの問題が起こらなくなります。

ステレオ
モノAECリファレンス内のステレオ信号は、理論上の問題です。ステレオ信号の分離が大きい場合、左右のスピーカーから大きく異なる信号が再生されます。左右のスピーカーとマイクとの間のエコーパスには異なるインパルス応答が存在し、モノAECではその両方を同時に収束することができません。ステレオリファレンスを持つAECは、この状況を適切に処理するために設計されていますが、モノAECではこれを処理できません。

しかし実際のところ、モノリファレンスを持つAECでも、ほとんどの場合にステレオの会議室に十分対応できます。高度にカスタマイズされたテレプレゼンスルームでない限り、ステレオコーデックに送信される際、マイクが均等にパンされることはほとんどありません。聞き手側の音声はほとんど必ずモノであり、聞き手側の音声はAECの主な考慮事項です。

ダイアログが多いプログラムの音声でも、そのエネルギーの大部分が中央にパンされる可能性が高く、モノAECリファレンスでもキャンセルされます。プログラムの音声から残留エコーが聞こえる場合、低レイテンシーがあり、聞き手側ではエコーとして認識されるよりも、残響または不明瞭な音声として認識されます。

ポジショナルオーディオ
ポジショナルオーディオは、各スピーカーから独立した異なるチャンネルが再生されるという点で、ステレオ音声とは異なります。例えば、テレプレゼンスルームでは、2つのコーデックが異なる場所で接続されており、各場所の対応するディスプレイ付近のスピーカーから音声を再生するようになっている場合があります。このタイプのシステムでエコーを適切にキャンセルするには、マルチチャンネルのリファレンスを持つAECが必要になります。モノAECリファレンスの場合、このタイプのシステムでは、異なる通話し手側の話し手が話し始めると、エコーが頻繁に聞こえる可能性が高くなります。

1度に1つのスピーカーポジションのみが使用される場合は、ポジショナルオーディオで対応できる可能性があります。例えば、音声のみの会議で、部屋にいる参加者がテーブルの中央に向いている場合、天井またはテーブルの上にスピーカーを配置することが望ましいです。ビデオ会議中は、ディスプレイ付近にスピーカーを配置することが望ましいです。ビデオ会議中、聞き手側の音声がディスプレイのスピーカーにも送信される場合、モノAECリファレンスで両方のシナリオを処理することができます(2つのモードの切り替え後、通話の初めにAECが収束を終えるまではエコーが聞こえる場合があります)。

プログラムの音声が聞き手側音声以外のスピーカーで再生される場合(プログラムの音声がフロントスピーカーから再生され、聞き手側の音声が天井のスピーカーから再生されるなど)、AECリファレンスからプログラムの音声を除外することが望ましいです。このとき、聞き手側から不明瞭なプログラムの音声が聞こえる場合がありますが、可聴エコーが発生することはほとんどありません。

ルームコンバイン

ルームコンバイン自体は、AECの問題の原因ではありません。しかし、マトリクスクロスポイントを調整するパラメーターセットを使用してルームコンバインが手動で行われた場合、ミスが発生しやすくなります。AECリファレンスの一部では、余計な聞き手側の音声やプログラムの音声信号が含まれたり、必要な音声が失われるといったことが簡単に起こり得ます。関連付けられたマイクからエコーが聞こえるようになり、問題の診断が非常に難しくなる可能性があります。幸い、コンファレンスルームコンバイナーにより、設計者はこの手間をかけることなく、このタイプのミスを防ぐことができます。

適切に構成されたルームコンバインシステムでも、部屋の構成の変更後には、短期間エコーが聞こえる可能性があります。これにより、それぞれのマイクおよびスピーカーの間のエコーパスが変更されるため、AECはこれを行った後に再度収束する必要があります。

エコーパスに非線形または時変処理を含めてはならない
AECのアダプティブフィルターでは、線形時不変エコーパスのみをモデルすることができます。エコーパスに非線形または時変の要素が含まれると、AECのパフォーマンスが著しく低下します。エコーパスは以下のとおり説明できます。

•   AECリファレンスに存在しないスピーカー出力のすべてのプロセッシング
•   スピーカーとマイクの間の音響パス(スピーカーとマイク自体を含む)
•   AECの前のマイク入力のすべてのプロセッシング

以下のダイアグラムは、典型的な会議室の設計を示しています。エコーパスの一部である信号は赤でハイライトされています。

ダイナミクス
ダイナミクスプロセッシングにより、ゲインは常に変化する可能性があります。これがエコーパスに適用されると、AECではこれらの変化を常に再適用する必要があるため、残留エコーが頻繁に発生する可能性が高くなります。

コンプレッサー/リミッターは、クリッピングを防ぐ目的で、しばしばスピーカー出力に適用されます。このような処理が必要な場合、コンプレッション/リミットの後のスピーカー信号から、AECリファレンスが生成される必要があります(つまりCRRのAECリファレンス出力は使用しません)。スピーカー信号がステレオの場合、AECリファレンスに送られる前に、コンプレッション/リミットの後でモノにミックスダウンする必要があります。

AECリファレンスの前に、同じ設定の同じプロセッシングを設定することにより、スピーカー出力のダイナミクスプロセッシングを補正しようとすると、確実に作用しない場合があります。特にCRRでのステレオからモノへの変換時に、スピーカー出力のステレオコンプレッサー/リミッターと比べて、モノコンプレッサー/リミッターでわずかに異なるレベルが検出される場合には、2つのダイナミクスプロセッシングブロックで、同じゲインを同時に適用できないリスクがあります。
 

マイク入力にダイナミクスが必要な場合、AECの後に適用する必要があります。

オートマチックマイクミキシング
オートマチックマイクミキサーは、各マイクチャンネルのゲインを頻繁に変更します。これにより、マイクを切り替える際、ミックスのエコーパスが大幅に変化します。AECリソースには限りがあるため、1つのAECチャンネルの前にAMMを配置すればよさそうですが、エコーパスのゲインの変化により、通常はAECのパフォーマンスが低下します。AECは、AMMの前の各マイク信号に対して配置する必要があります。

音量調節

音量調節でもダイナミクスと同様の問題がありますが、頻度はより低くなります。音量調節がエコーパスに適用されると、音量を変更した後、短期間残留エコーが聞こえる可能性があります。

歪み
会議システムの信号経路において、歪みが意図的に付加されることはほとんどありません。不適切なゲイン構成や低品質なコンポーネントにより、エコーパスに歪みが発生する場合があります。歪みはAECによってモデリングすることができず、残留エコーの原因となります。このエコーは明らかに歪んで聞こえます(AECの前のマイク信号よりも大幅に歪んでいます)。

線形時不変処理は(通常)安全である
線形時不変処理は、すべてAECのアダプティブフィルターによってモデリングすることができます。このタイプの処理では、極端な設定の場合に限り問題が起こる可能性があります。

Gain(ゲイン)
固定ゲインは、極端なゲイン設定(低品質なゲイン構成)が使用されない限り、通常はAECの問題の原因にはなりません。不適切なゲイン設定が原因の問題においては、ゲインそのものよりも、その歪みがしばしば問題となります。

設計によっては、アンプで膨大なゲインを適用し、音量調節で信号を大幅に減衰するようになっています。この場合、AECリファレンスで非常に低いレベルになり、AECのダブルトーク検出機能で適用のタイミングを決定できなくなる可能性があります。音量調節が快適な設定になっているとき、AECリファレンスにより比較的低めのレベルが検出されることが理想です。

イコライゼーション
通常、イコライゼーションは、問題を起こすことなく、エコーパスに適用することができます。イコライジングが適用された信号のAECリファレンスを基準とする必要はなく、AECリファレンスに二重にEQを適用する必要もありません。EQを使用して、スピーカーおよび室内応答をフラットにすると、イコライジングされていないAECリファレンスはおそらくエコーパスにより近いものになります。

同様に、マイク入力のフィルターは通常問題とならないため、必要によりAECの前に適用できます。場合によっては、低周波ノイズが多いマイクのHPFなど、AECの前にEQを適用することが有効である可能性があります。

クロスオーバーを使用する場合は、AECリファレンスで、クロスオーバー出力のうちの1つではなく、全帯域信号を受信する必要があります。

EQがより多くのブーストを適用している場合、そのブーストがAECリファレンスで用いられれば、AECのパフォーマンスはわずかに向上する可能性があります。

ディレイ
ディレイ エコーパスにおける一定のディレイは、AECでは問題ではありません。スピーカーとマイクの間の距離およびシステムのオーディオバッファリングにより、多少のディレイは必然的に存在します。

数十ミリ秒を超える過剰なディレイは、AECにとって問題となる可能性があります。ディレイの影響で、AECのアダプティブフィルターの利用可能なテール長が減少します。また、AECリファレンスおよびエコーのタイムアラインメントが歪められることで、AECのダブルトーク検出器が混乱する可能性があります。

エコーパスのディレイは、必ずしも設計者によって付加されるわけではありません。リップシンクについては、多くのディスプレイによってディレイ(時には100ミリ秒超)が付加されます。この場合、AECリファレンスのみにディレイを付加することによる補正が必要になることがあります。

AECリファレンスの前に、エコーパスに存在する以上のディレイを挿入しないように注意する必要があります。このことはエコーを非因果的に引き起こします(エコーがリファレンスよりも先に到達するなど)。これはAECでモデリングできず、聞き手側で可聴エコーを引き起こします。